未来の医療のために

Touch the Future 代表 土井 毅

理事長

志のある若者に医療に携わってほしい──。そんな理念をもとに、私たちは中高生に良質な医療体験を提供する活動を始めました。原点は、新聞社勤務時代、高校生が外科医療の最前線に密着するプロジェクトを企画・運営していたことに遡ります。

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5年に及ぶ経験で学んだのは、命を預かるためには使命感と覚悟が必要だということ。ですが、現状では、多くの生徒たちは医療現場の本当の姿を知らないまま医学部を目指しています。そして、コロナ禍において、数少ない貴重な病院見学の機会も失われてしまいました。

医療の最前線には、学校の教室やオンラインでは得られない学びがあります。勤務医と1週間を過ごした生徒は医師の働き方に圧倒されます。早朝の病棟回診から1日が始まり、外来診療が終わる夕方からはカンファレンスや勉強会が目白押し。当直中の緊急呼び出しも珍しくなく、生徒たちは医師のタフさに目を丸くするのです。

また日本において地域医療の担い手不足は大きな問題ですが、過疎地の病院に密着した生徒は、医師が一人何役をもこなし、多職種の方々と連携しながら看取りまで行う姿を目に焼きつけます。そして、患者さんや家族から信頼される姿を目の当たりにするうちに、地方の医療を強くする意義について考えはじめるのです。

こうした現場に身を置いた生徒たちは、TVドラマと現実の違いに驚き、そして自問自答を始めます。「自分には医療に携わる覚悟があるのか」と。私たちは、この葛藤が大切なのだと考えています。

診察を見学した生徒は、患者さんから話を聞き出すための「会話力」が大切なのだと気づきます。実際、問診に挑戦した生徒は少しずつ質問の仕方を工夫しはじめました。「家族と暮らす日々を取り戻したい」と願ったお年寄りが、退院後に実は家族と多くの時間を過ごせない現実を目の当たりにした生徒もいます。そこにある社会問題を自分事として捉え、「何故なんだ」と背景を探りはじめました。こうした主体的な学びこそ、私たちが提供する体験学習の狙いです。

医療は重要な社会インフラです。その未来を支える若者たちをサポートするため、多くの医療従事者が力を貸してくださっています。ぜひ、皆さまのお力もお貸しください。私たちの活動への参加と応援をお願いいたします。

Doi Takeshi 1989年慶應義塾大学法学部卒。大手新聞社に入社後、地方支局などを経て教育支援に携わる。東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の子供たちが国際宇宙ステーションと交信する企画をJAXAに提案、産官学の協力を得て実施するなど多くの教育イベントを手がけた。2015年からは高校生が医療現場を体験するプロジェクトを順天堂大学心臓血管外科と連携して開始。大阪大学心臓血管外科も2017年から生徒受け入れをスタートさせ、5年間で約120人の生徒をサポートした。コロナ禍でプロジェクトが中断、良質な医療体験の場を提供する必要性を痛感したため2022年に早期退職。有志の医師や教育者らとNPO法人Touch the Futureを設立し、活動を始める。


一樹百穫

大阪大学大学院医学系研究科 特任教授
大阪警察病院 院長 澤 芳樹

副理事長

高校生を医療現場に受け入れるというプロジェクトは、私が大阪大学心臓血管外科教授時代から大切にしてきた人材育成の取り組みです。「鉄は熱いうちに打て」との言葉通りに、医療系の仕事を目指す高校生が医療現場を体験し、命の大切さとしっかりとした将来への覚悟をもって、医療に携わってもらうことを目指してきました。

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心臓血管外科は命にかかわる現場であり、我々はあらゆる心臓手術に加えて、心臓移植や人工心臓という命に直結するぎりぎりの医療を行っています。その全てを高校生に体験してもらった結果、多くの高校生が医学部に進学し、もうすぐ医師としてコロナ禍の世界へと歩みだそうとしています。彼らが直面する課題は新型コロナウイルスだけではありませんが、先の見えない時代だからこそ、志のある医療の担い手を育てることが重要なのだと私は信じて疑いません。そして、このプロジェクトを継続するため、NPO法人が立ち上がったのです。

「人は財産。一樹百穫」。私の教授時代以来、今も大切にしてきた組織の発展のための方針であります。由来は古代中国春秋時代、斎の国の老荘思想を記した書物「管子」に書かれている言葉です。
1回植えて1年以内に、簡単に成果を出すには、穀物を植えよ。
10年という時間をかけるならば、木を植えて毎年実りが出るので穀物よりも収穫が大きい。
しかし国家百年の計を考えるなら、さらに時間をかけてより大きな収穫を求めるならば、人を育てよという教えです。
そしてこの言葉は、「人」の能力の大きさを示して「人材育成」を説いているのです。すなわち、人とは育成されるべき若い人たちで、イノベーションを起こす人たちのことです。

前述したように私は臨床・研究とともに教育・人材育成に尽力してまいりました。現在も、大阪大学での取り組みとともに、大阪警察病院でも、医師や医療スタッフの育成に従事しつつ、今後、大阪警察病院看護学校の校長としてもイノベーションを起こす看護師の育成に貢献していきます。

イノベーションを起こせる人について、米国の心理学者Angela Lee Duckworth教授はGRITを唱えています。 
 
 Guts(度胸):困難に挑戦する
 Resilience(復元力):失敗にめげない
 Initiative(自発性):自らの意思でやる
 Tenacity(執念):何年でも続ける

東西を問わず、情熱とねばり強さが重要ということでしょう。

 夢に向かって
 Riskと困難 夢中の努力
 その先にInnovationがみえる
 ステイーブ・ジョブズ(1955~2011)

これは、私と同じ年で無念の死を遂げたジョブズ氏のメッセージです。NPO法人Touch the Futureがこれからどれだけイノベーションを起こす医療人を育成していくか。私たちもGRITを胸に前に進みます。大変楽しみな本法人に、今後ともご支援とご理解をいただけますようよろしくお願いいたします。

Sawa Yoshiki 1980年、大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部第一外科入局。89年、フンボルト財団奨学生としてドイツのMax-Planck研究所に3年間留学。2006年、大阪大学心臓血管・呼吸器外科教授。07年、大阪大学心臓血管外科教授。心臓移植や補助人工心臓治療のエキスパートとして、一貫して重症心不全の患者の救命に取り組む。iPS細胞から作った心筋細胞シートの治療法開発も主導し、治験の一環として20年に患者3名に心筋細胞シートを移植。同年、紫綬褒章。21年9月、大阪警察病院長に就任。


大志を胸に 未来に貢献を

順天堂大学心臓血管外科特任教授
学校法人順天堂理事 天野 篤

副理事長

NPO法人Touch the Futureは、自ら強い意志を持って医療系の職業に就き、医療現場を支え、そして人として明るい未来に貢献したいと願う若者を応援する目的を持って立ち上げられました。理事長である土井毅さんは元々大手新聞社の教育支援畑でキャリアを重ねてきた方ですが、将来を真剣に考える高校生たちの側に寄り添うために新聞社の枠組みを出て、この法人を立ち上げるため先頭に立って活動を開始されました。

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その勇気を持った第一歩に心から敬意を表すると共に、高校生を心臓血管外科の現場に受け入れるという具体的な活動を担ってきた立場から、メッセージを送りたいと思います。

日本は世界の中でも母国語による高いレベルの医学教育が一律に受けられる貴重な国です。このことを私自身が理解するまでに、医学部卒業後から30年以上がかかりました。先進諸国だけでなく、新興国の医療事情を自分の目で確認し、現地で地元の方々から話を聞くことが出来て、日本の特異な立ち位置が分かったのです。

また、指導的な立場になってから知ったことですが、日本では医師が一人前になるのに公的資金が1億円以上費やされています。この両方の知見は日本で医師になった者に課せられる使命を示唆しています。それは「貢献と恩返し」です。

医療に携わるためには国家試験を受験する必要があります。医師を目指すならば医学部に入学して医師国家試験に合格、研修医になっていくでしょう。その道のりは長く、その時期は人生で最も多感であり、情緒豊かなことから、気持ちの揺らぎや唯我独尊も芽生えることと思います。ただ、どれだけ心が揺れ動いても、Touch the Futureに参加する皆さんには、ぜひ、「貢献と恩返し」を忘れないで欲しいと願います。

医師が患者を診療する際に必要な資質は、「知識・技術・経験の蓄積」だけではありません。確かに正確な診断・治療の基礎としての必要条件ではありますが、医師一人で出来ることには限界があり、一人では診療可能な範囲にも限界が生じるでしょう。そうした壁を取り払い、さらに限界を超えた力を生むのが「感謝・信頼・応援」の心です。この3つはチーム医療にも大きな力を与えます。是非、医師になってからも持ち続けて欲しいと思います。

この取り組みに参加する全ての人がこれからはともに喜び、励まし合い、競い合う仲間です。将来出会う患者さんたちが皆さんの手で必ず健康を取り戻せるように心豊かに大志を抱いて成長して下さい。私達も全力でそれを応援していきます。

Amano Atsushi 1983年、日本大学医学部卒業。亀田総合病院や新東京病院などで心臓手術の腕を磨く。2002年7月より順天堂大学心臓血管外科主任教授。心臓を動かした状態で行う「オフポンプ術」の第一人者で、2012年2月にはオフポンプ術で上皇陛下(当時の天皇陛下)の心臓手術を執刀した。2016年4月~19年3月、順天堂大学医学部附属順天堂医院院長。2020年、学校法人順天堂理事。21年4月から順天堂大学心臓血管外科特任教授。


ホームページをご覧になられている全ての生徒、学生さんへ

志摩市民病院長 江角 悠太

理事

みなさんはこれからの日本の希望です。さらに、その中でも選ばれしものです。今このタイミングで、既に自分の人生に真摯に向き合っているからです。
この世界において……、自分に、どんな役割と存在意義があるのか、 何のために生きているのか、そうしたことを日々考え、悩みながら過ごしていることでしょう。

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でも、それで良いんだと私は思います。私たちは何のために生まれ、死んでいくのか?人として最大の謎である、この問いに逃げることなく、真っ正面から向き合い続けてください。

どんな困難な壁が立ちはだかろうが、時には一歩引き、時には回り道し、それでも諦めず乗り越え続ける、その姿こそが、私たちにとっても、後世にとっても未来の希望であり、光であると感じます。

そんな輝けるみなさんに、志摩市民病院を舞台にした実習を通して挑戦してほしいことがあります。

担当患者を幸せにする──。それが、1週間に及ぶ体験学習の参加者に課すミッションです。生徒一人ひとりが入院患者さんを担当し、その人を精一杯幸せに、笑顔にしてほしいのです。

全く知らない人と、全く世代が異なる人とコミュニケーションを取ることの難しさ、意思疎通が取れたときの感動を体験してください。日を追うごとに信頼関係が生まれ、だんだんと担当患者さんを愛おしく思うようになるはず。自分で何かこの人のためにできることはないのか?一所懸命考え、探り、見つけて実践してください。そして、それが成功した時の患者さんの笑顔が、みなさんの未来の道標となるでしょう。

こうした関わりの中で、患者さんを通して見える日本の社会問題を感じ、今後、みなさんが出来ること、やらなければならないことを見つけてください。

時代や場所が変われば、正しいことが間違いになることもあれば、間違いが正しいことにもなります。そんな移ろいのなかでも、おそらく不変の事実があります。それは、「誰も不幸になりたいと思って生きている人はいない」ということだと思います。

人を幸せにすることは、地球上のどこでも求められていることでしょう。そして、より困っている人、一人では幸せになれない人々へ救いを届けるのが医療従事者の大きな使命だと私は考えます。

さあ、みなさんは、より困っている人のために、どのような手段で手を差し伸べますか?

私たちの病院は、医療の担い手が不足している地方にあります。それでも、医療を通して人々を笑顔に、幸せにしようとするたゆまない努力が、ここにはあります。

一緒に多くを考えたい、学びたいと思うみなさんの参加をお待ちしています。

Esumi Yuta 東京都立西高等学校卒。2009年三重大学医学部卒業後、沖縄中部徳洲会病院で初期研修。宮古島徳洲会で離島研修中に東日本大震災が発生、福島県いわき市へ支援。11年より三重大学家庭医療総合診療科に所属し、県内各地の医療機関で後期研修。世界一周客船Ocean Dream号船医を経て、14年12月に志摩市民病院内科に赴任。16年4月より同院長。


“人の心”を持つ医師になってほしい──生徒を医療現場に受け入れて

東京慈恵会医科大学病院 腎臓・高血圧内科 教授
東京慈恵会医科大学 副学長 横尾 隆

理事

近年、医学部における臨床の教育現場での様相がかなり変わってきた。
大学医学部入試の難易度が著しく上がり、教科書・文献的知識を吸収する能力に非常に長けている者が入学してくる。したがって、身につけなければならない知識・技能は年々増えているものの、それを伝授することはほとんど問題とならない。

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その一方で医師としての態度教育に大変苦労することがある。臨床現場では単に教科書的知識を提供するだけでなく、患者の社会背景や思いを十分聞き入れた上で患者個々人にあった最適な過ごし方を提供するために、患者を含む医療従事者のチームワークが必要となる。したがって医師だけのスタンドプレーは診療の妨げとなる。特に昨今の医療系テレビドラマでの容姿端麗な若手俳優が演じる医師をイメージして入学してくる者も多く、実臨床とのギャップが受け入れられないため、チームに溶け込めず苦しむ学生がいる。そのような自分の将来の医師像を持たないか、誤ったイメージを持つ学生の態度教育をいかに達成するかは喫緊の課題となっている。

この度NPO法人Touch the Futureの活動をお手伝いすることとなり、入学前の高校生に医療現場を体験してもらい、どのように感じ、何をつかみ取るのか見る機会を得ることができた。この1週間のプログラムは、ICU(集中治療室)を含む病棟や外来業務の見学はもちろん、実際の手術に立ち会い、当直業務の随行など多岐にわたった。さらに実際の入院患者と面談することで、病を患うと生じる問題は病気だけでなく、家族関係や経済問題など患者の周囲の多くを巻き込んで生じてくることを知ってもらった。

参加した高校生には相当な衝撃を与えたものと思うが、見事に多くを吸収するだけでなく我々医療従事者が日頃忘れかけている素朴な疑問を非医療従事者の目線で純粋に問いかけられ、我々も学ぶことがあったことは新鮮な驚きであった。

このように医療現場の持つ課題、病がよくなることを患者と一緒に喜ぶ共感の心、そして病とともに人生の幕引きをいかに過ごすかを患者や家族とともに考え最善を探す究極の使命があることを、医師を目指す前にまず知ってもらうことは大変重要である。そして、それを十分わかった上で、それでも医師になりたいと思う者と一緒に我々も学んでいきたいと思っている。そういう意味ではこの取り組みは本当に理にかなっており今後さらに発展させていきたいと強く思っている。

彼ら彼女らが医療の第一線で活躍する頃の未来の医療はどのようになっているだろうか。AIの普及、画像診断力の向上、医療ロボティクスの進歩により、教科書的知識・経験・技術のマニュアルはPCやロボットで代替されるであろう。つまり「神の手」を持った医師は取って代わられるのである。そのような未来の医療を担うのは、PCやロボットで代替できない「人の心」を持った医師であろう。まさに本学の建学の精神である「病気を診ずして病人を診よ」を体現する医師である。そのような医師を育成するには医学部に入る前の人格が形成される若いうちに多くを触れることが必要だと確信している。このプロジェクトに参加される若者が核となって未来の医療を作ってくれればこの上ない幸せである。

Yokoo Takashi 1991年、東京慈恵会医科大学卒。University College London医科大学留学などを経て2013年より腎臓・高血圧内科主任教授。末期腎不全の患者さんに直接届く新規治療の開発を目標に、腎臓再生医療の確立と実用化に挑む。高校で夢中になったのは剣道。現在はジョギングでストレス解消、フルマラソン自己ベスト3時間48分。