平戸市民病院 副院長が振り返る医療体験

今夏、Touch the Futureと連携した平戸市民病院にとって、高校生を対象にした本格的な医療体験の実施は初めての試みでした。生徒4人の受け入れ実現のために奔走した中桶了太副院長が医療体験を振り返ってくれました。

平戸市民病院副院長
中桶了太

医師免許取得直後の新人医師はへき地などで1か月以上の研修が義務となっています。平戸市民病院では2005年から医師臨床研修の地域医療実習を受け入れており、毎月3~4名が研修で外来や入院患者さんを担当しています。2024年には新人医師受け入れの累計は500人を超えました。

一方、これまでも高校生の1日病院見学や数日に及ぶ職場見学を受け入れたことはありましたが、それは主に病棟看護師のシャドウイングです。対して1週間にも及ぶTtFの医療体験学習は、病院が提供する院内外の医療の現場に高校生が同行し、さらに入院患者さんをも担当します。毎日、その日の振り返りを担当医と行い、「できたこと」「できなかったこと」を報告して翌日の目的を設定します。こうした企画で連携するのは私たちにとって初めての試みであり、大きなチャレンジでもありました。

┃ きっかけは学会での高校生発表

生徒を受け入れようと私が思ったきっかけは2023年12月、三重県志摩市で開催された第2回地域医療学会でした。この学会最終日に行われていたのがTtF主催「高校生の地域医療体験報告会」。高校生による現場見学の報告会程度と軽い気持ちで参加したのですが、発表内容はそれを遙かに超えており、患者さんと真剣に対峙した結果の言葉と思いにあふれていました。

達成できた成功体験だけでなく、悔しさや後悔も包み隠さず発表されていましたが、どれも優しさにあふれていたのが印象的でした。医師を含めて医療者は処方や処置を行うことが可能です。ともすれば、こうした本来は癒やしのための手段が目的にすり替わっていると感じています。長い年月、医師の仕事をしていると、それが当たり前となり、処方や処置を行うことが患者さんの望むことであると感じてしまっています。

しかし、参加した発表会ではそのような手段をまったく持たない、すなわち医療による解決方法を備えていない高校生が現場で奮闘していたのです。患者さんに真摯に向き合う生徒たちの姿から、医療の原点が見えてきたように感じました。このように医療の現場に医療者ではない高校生が入ることにより、現場にどのような影響を及ぼすのか興味がありました。

外来を見学する2人の高校生

┃ 受け入れに対する課題と克服

しかし、医師を目指しているとはいえ、当初は高校生受け入れに対して院内では前向きな評価が得られませんでした。医療知識を学ぶ以前の部外者を受け入れることに、医療安全や個人情報保護の面で懸念が示されました。院内の具体的な不安や問題点について、スタッフ向けに説明することが困難でもありました。指導医としてプログラム内容を容認できても、医療安全面からの評価が難しく、そして全ての危険をあらかじめ網羅的に取り上げてしまうと、事が進まなくなってしまいます。

そこで、志摩市民病院や南砺市民病院、隠岐島前病院など他の施設がTtFと連携して高校生を受け入れ、問題が生じていないことを紹介。TtFのパンフレットやウェブサイトを提示し、さらに院長や管理者に許可を受けて、医療体験の受け入れにこぎ着けました。覚書や誓約書の作成など細かい手続きは事務スタッフが奮闘してくれました。そして、「医療を学んでいる高校生」と一目でわかるよう、おそろいのスクラブを作成し、スタッフ全員でサポートすることが決まったのです。ただ、準備不足は否めず、日々のプログラムの詳細は現場で判断して実施することになりました。この点においては生徒達に窮屈な思いをさせたかも知れません。

高校生と一緒に病棟へ向かい、担当患者さんを紹介

┃ 医療体験学習が始まって

体験学習が始まると、高校生たちは本当に頑張りました。生徒一人ひとりに入院患者さんを割り当て、担当してもらいました。終末期医療の方2名、認知症のため不安症状から入退院を繰り返している方、そして脳梗塞のため寝たきりになり話すことも難しい方。医療者にとっても難しいケースで、決して簡単ではなかったはずです。それでも生徒4人は果敢に向き合いました。

終末期のお二人は生徒たちが地元に戻った後、亡くなられました。ですが、ご家族からは担当した高校生たちに感謝の言葉をいただけました。脳梗塞の患者さんは今、笑顔を取り戻しました。入退院を繰り返していた患者さんは高校生に担当してもらってからは入院することなく、ご自宅で穏やかに過ごしています。そして、外来には自信に満ちあふれた様子でやってきます。

訪問診療では高校生に脈のとりかたも教えた

┃ 医学生メンターの活躍

高校生の医療体験で大きかったのは医学生メンターの存在です。日々の問題点の取りまとめや患者さんとのコミュニケーションの取り方。生徒サポートで活躍してくれました。また、生徒たちの不安と向き合い、体調面でもきめ細やかに目を配ってくれていたので、とても助かりました。親子ほどの年齢差がある私では、細やかな対応は難しかったと言わざるを得ません。

最終日、ささやかながら打ち上げを行いました。病棟では緊張した面持ちだった生徒たちですが、そこで見せてくれたのは高校生らしい笑顔でした。全く分からない世界に飛び込む勇気と努力は素晴らしく、むしろ4人らから学ぶべき点を多く感じました。

┃ TtFの地域医療学習を通して考えたこととは

地域医療は厳しい状況に置かれています。人口減少と高齢化が進むなか、高齢者単独世帯や認知症世帯、伴侶に先立たれた高齢者単身世代が増えています。地域包括ケアシステムの根幹となる家族の存在が消えつつあります。我が国の現状と、将来さらに進むであろう高齢化を先取りしている現場で1週間を過ごし、そこから生徒たちは色々と考えることができたと思います。

対して、医師の私は何を得たのか。高校生の受け入れを通して、どのような目的で医療を行うのかを改めて考えされられました。医師は問題を同定し、診断して病名をつけて治療や処置をするのですが、それは何故、何を目的に行うのか――。医療技術の進歩は極めて重要ですが、患者さんが望む場所で過ごすことをかなえるのが大事なのだと思い出すことができました。

フィールドワークで人々の暮らしを知る。「産婦人科医がいなから移住の候補にならない」という声も、人々へのアンケートで拾うことができた

生活の場は世界中どこにでもあり、そこには医師という仕事のニーズがあります。その生活の場において提供されているのが地域医療であり、支えているのが総合診療医です。高校生の真摯な姿を見て自分自身「医療は何故行われるのか」について考えることができました。

地域医療を支えるのは医師だけではなく、また医師になることだけが地域医療を解決する方策でもありません。行政や社会づくりも大事な地域医療対策になります。近年ではDXやITで問題の糸口を探るプロジェクトも進んでいます。インフラづくりなど、地域医療解決の方法はさまざまな解決方法があります。

日本は世界でも最高水準のレベルで高齢化を迎えています。そんな時代にあっても、へき地や離島を含む社会全体が前に進もうとする努力は、いずれ世界のリーダーとして結実すると信じています。高校生の地域医療体験学習を通し、様々な才能を見出したり、可能性を発展させたりすることに貢献していきたい。そう切に思っています。